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僕が人に認めて貰うことを止めた理由

記事を書いた人:だちまえ あとで読む

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だちまえです♪

あまり大きな声では言えませんが、僕はここ一年ほど、会社で「信用を勝ち取る」ことを放棄しています(((^^;)

 

と言うのも、サラリーマン生活が始まってから、怒られることが日常化していたからです。

「人の話が聞けない」、「成長性がない」、「集団行動ができない」なんてことをよく言われますが、ここまで言われると勝ち取る信用が何処にもないと、悟ってしまった訳で(ToT)

無くすものが何もない。そんな状態です。

 

そんな状態だからこそ返って「人の意見に合わせ続ける」ことの問題が見えてきて。

自分の人生は自分で勝ち取ろうと考え直すきっかけにもなりました♪

 

 人に認めて貰おうとすることが世の中の常だと語る人も多いですが、それを優先するがあまり、自分を自分で認めることを忘れがちになってしまいます。

結果、今回語る理由を含め、「他人に認めて貰おうとする」ことの問題に行き着いたのです。

 

 

 

○僕はペットではない

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「なぜ他人の言うことが聞けない」、「なぜ集団行動が出来ない」とばかり言われて思ったのは、結局相手は組織と上司に従うことを求めてるんだろうなと考えました。

実際、言う通りに仕事の出来ている人ほど多くの仕事を担当し、その信用も何も出来ない僕とは桁違いです。

 

でも「人の言うことを聞け」って言う怒り口調、自分の犬に教育しようとする相手からよく聞きませんか?

怒る人ほどそう言った「主従関係」にこだわり、自分の思い通りになるよう他人に指示するものです。

 

でも実は、犬って怒ってばかりだと言うこと聞かないんです。

それと同じで、「何であなたと対等になれるどころか格下にならなければいけないの?」と思ったバカな僕が居たわけで。

 

「言うことを聞く」と言うのは、自分の想いを圧し殺して組織に従事できる人間を言います。

だから給料が変わらないことを悟りつつも、同じ環境にこだわれるわけですが、自分の想いの強すぎた僕にはそれができませんでした。

 

○考え方を揃えられない人に元より居場所はない

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この世の正義は、「周囲のために尽くせる集団行動の考え」にあります。

日本の「個性を圧し殺す」とも言えるその基礎教育は、残念ながらこの日本に「神話」として定着しています。

 

何故「神話」か。

それは僕の両親も、周囲の人も、何も疑わずに「それが世の中の結論だから」と根拠の無い考えを怒ってまで押し付けてくるから。

流石にガチな宗教信者の人ほどの怖さはありませんが、そんな人達が宗教を唱えるのと同じ状態が日本には根付いています。

 

あえて怖く言うなら、人は生まれてからずっと国に奉仕する考えを持てるよう「洗脳」されてきたんです。

それをその教育を生んだ人間の都合とも知らず、促されるままに次の世代に「教育」していくのです。

 

偶然勉強ばかりを押し付けられた僕はその考えを嫌ったせいで、周囲から孤立した考えを持ってしまった訳ですが(^^;

 

最初は「考えすぎかな」と思ったこの問題も、自力で多数の結果を作ってきたホリエモンが同問題について触れていました↓

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

 

だからこそ、そんな周囲からの「異端児」には学校や会社に居場所がありません(ToT)

そんな人間が周囲からの評価を得られるわけ無いので、「評価を得ようとするだけ自分を圧し殺す」と悟ったわけです。

 

どうせお金がないと生きて行けないなら、僕は初めから40万、50万と言う給料を手元に、どんどん年収を上限なく伸ばしていきたいと願う身です。

そんなことを願うこと自体が「あり得ない」、「もっと堅実に仕事にこだわれ」と言います。

 

この方向性の違いがある時点で、同じ場所への執着心が無くなってしまうのです。

 

○自分の人生は「他人の評価」ではなく「自分の努力」が作るもの

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最後の項なので、まともなことを書きましょう。

「貴方はどうしたいのか」。この一言が、あなたの人生を作ります。

 

もし周囲の評価ばかりを気にして社内で結果を作りたいなら、それも方向性のひとつです。

ただこの方法で生きると、貴方の個性はすべて失われます。

例えば最近、僕の先輩はこちらのやる気の無さを見て、「何度言われたら分かるんだ!」と怒ります。

そんな先輩も昔は「こうした方が良いよ」と物事の提案も出来、笑顔が素敵だったのに、今では精神安定剤を飲みながら目元にくまを作り、「自分の仕事に責任を持たないと」と毎日ギリギリな状態で生きています。

 

僕も僕ですが、先輩も先輩。

この人にもかつて嫌いな上司が居たわけですが、この頃その先輩自身が嫌っていた上司に考え方が似てきているんです。

そんな先輩も結局は、周囲の評価に応えようと、今日も精神をすり減らしています。

 

そんな先輩を見たからこそ、僕はブログに執着し、自分の努力で結果を作ろうと考えるようになりました。

そこに重点を置くならこそ、「不満を言うなら結果を作れ」です。社会的評価や信用なんて気にする暇もありません。

だから、「認めて貰うこと」がどうでも良くなったのです。

 

○まとめ

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先程も語りましたが、集団社会において勝手な行動をする「異端児」に居場所はありません。

そんな「異端児」に選べる手段はたった2つです。

 

「矯正される」か、「追い出される」か。

 

どちらもキツい2択ですが、これは裏を返せば異端児だからこそ選べる2択です。

自分の幸せを取るか、あえて考えを矯正される環境に居座るか。

 

そこが、人生のターニングポイントと言えるでしょう。

 

今回はこの辺りで(-_-)/~~~

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