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辞表を出した27歳。初めてじぶんが愚か者だと気付いた

記事を書いた人:Dachimae あとで読む
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どうも、だちまえ(27歳)です。

この度、勤務先に辞表を提出する運びとなりました。

 

理由はトラブルや不祥事などではなく、

 

「今のままでは時間の自由が無い」

 

と感じたことでした。

 

しかし、辞表を出してわずか1日。

それまでじぶんが考えてきた「自由」「生き方」が。

単なる「甘え」だと言うことに気付きました。

 

他人への暴言を日々語ったり。

「じぶんはまだまだできる!」と陰で豪語してみたり。

変に自信を持って生きてみたり。

 

本当はそんな覚悟、やってみて初めて自覚するものであって。 

全部、他人からの愛と感謝があったから、生きて来れた人生だったんです。

 

今回の話は、これまでのじぶんの人生を振り返りつつ、かつての勤務先の皆さんへの謝罪を込め、書くことにしました。

 

他人に判断を任せて生きた学生時代【生まれてから社会人になるまで】

ぼくはと言えば、社会人になるまでとにかく他人に甘えて生きてきました。

 

たとえば、学校の成績が悪いからと泣き出し、情を求めたり。

たとえば、反論の一言を言われれば、黙って相手に権利を譲ったり。

たとえば、怒られたくないからと、両親に人生の歩き方を委ねたり。

 

こればかりは生活の環境もあったとはいえ、

 

「怒られてばかりで、なんて嫌な人生なんだろう…」

 

とばかり思いながら、生活してきました。

そうした結果、じぶんで何も行動を起こすことが出来なくて。

 

就職活動も結局「他人の見まね」で終わり、就職先が見つからず。

身内の紹介で、1社目の勤務先に入社しました。

 

会社になじめず泣くに泣いた社会人1年目

入社して1年目のこと。

 

コミュ障だったり、働く実感が湧かなかったり。

何より、人と関わるのが苦手で。

 

「お前は何回言っても変わらないし、成長しない」

 

それが、先輩や上司から言われ続けた言葉でした。

 

何度仕事を最後まで遂げて、「お疲れ様」と言われても。

少人数体勢だったその会社では、1人で出来るはずのない仕事を必ず個人にふって。

そこから始まる粗探し。

 

新人研修が1週間で終わったのだから、何をどうすればいいのかすら分からないのに、

 

「何で自力で勉強してやらないんだ!?」

 

「聞く前にじぶんで考えろ!社会人だろうが!」

 

と、どこから手を付けて良いのかすら分からないのに、

「新人であろうと、60歳の人と同じくらいに全て出来て当たり前」

とみなされて。

 

いくら自力で学んでも、上司のやり方に沿わなければ「ダメだ」と言われ続け。

そのやり方を聞きたくても「じぶんで考えろ!」と怒鳴られながら、上司の機嫌で変わる常識に合わせるよう指摘されて。

挙句の果てには、同じ学校の卒業生だから、可愛がりやすいからと、そうした人間関係の好き嫌いが全て評価に反映されて。

 

そうした会社のあり方に嫌気がさしつつ、そこで生活しないといけないからと。

何度も理不尽に怒られたことを夜な夜な泣きました。

 

マルチに騙された社会人2年目

そうした酷く泣き続けた1年目があって、人との付き合いもうまくいかず。

 

「お前は何をやってもダメだから」

 

と、何もしてないのに言われ続けて。

 

一番きつかったのは、一切作業を指示しない上司に、

 

「俺はこうやれって指示しただろ!何も聞いてないんだなお前は!」

 

と、一切聞いていない内容を30分以上、上司の机に呼び出されて怒鳴られることでした。

 

そうしたこともあって、

 

「もう外で人とのつながりを作るしかない」

 

と、婚活パーティに出かけて。

 

そこで「人生変えてみない?」と声を掛けてくれた昔の友人が居ました。

それが、今では縁を切ったマルチ関係者との出会い。

 

「会社なんて安定を求める人たちが集まる場所だからクソ」

「ぼくたちのやっていること最高」

「マルチは人生を切り替える初心者向けの最高の手段」

 

会社員としての生活しか知らなかったぼくにはすごく魅力的に聞こえて。

しかも、最悪な上司との縁を切る一番の手段だとも思って。

 

その結果5ヶ月以上、会社に勤めながら勧誘業を始めることになりました。

 

「勧誘するだけの簡単な仕事」

「全員が勝てる環境がある」

「この方法を教えることで全員が幸福になる」

 

他人の言うことを信じやすい性格だったので、そうした言葉を真に受けました。

しかしその現実は、

 

「マルチに入った人、損してるの知ってる」

「お金沢山使うことに人生掛けられないよ」

「なんで自分のやってること、胸張って言えないの?」

 

そうした反論の意見を大量に受けました。

じぶんの信じてることだけを押し付け、多くの人に迷惑を掛けたのです。

 

それどころか、そうした愚かなじぶんは、会社の人にまでその話をしてしまい。

マルチを信じすぎたあまり、

 

「最近お前、信じられなくなった」

 

と、会社の同僚や上司に疑われ続けることになりました。

 

その後、社内で勧誘活動をしていることが問題になり、後日マルチを辞められました。

5ヶ月ほどでしたが、本当に運がよかったと思います。

 

誰も信じられなくなって会社を辞めた三年目

社会人3年目。

不審な活動と、社会人としての効率の悪さがが災いして。

もう会社に居場所がなくなりました。

 

相変わらず一人ではできるはずのない仕事を振られ。

 

チェックの時は「3年目になっても出来ないんだな」 と、

調べても聞いても、仕事を持っていく頃には指摘内容が全く変わっていて。

 

それに「あの時こう言いませんでしたか?」と聞いて確認を取ったメモを見せても、「何を聞いていたんだ!」と怒鳴り、反論されて。

 

あげくの果てには「どうせ聞かないんだからメモを取るな。でもきっちり聞け」と理不尽なことを言われて。

 

何を信じて動けば良いのか、ぼくには全然分かりませんでした。

 

そうなった頃に始まったノイローゼ。

 

この頃はまだマルチの洗脳が残っていたこともあり。

「ふつうの会社のやり方は違う」

「じぶんの考え方に間違いはない」

そうした身勝手さに溺れた時期でもありました。

 

会社で受けた精神的なキズと。

自分勝手な考えのせいで。

もう居場所なんてものはありませんでした。

 

当然、そのまま一社目ではクビと同じ扱いを受け、退社。

 

この時は上司の振る舞いに悩んだこともありましたが。

根本的に考えを間違えていたのは、

 

「じぶんの考えの方がおかしくなっていた」

 

ことでした。

 

会社でかってにしか出来なかった4年目

4年目。今の話です。

この頃は、本当に反省すべきことだらけです。

 

この頃はすでにブログをスタートしていて、

 

「おれはアンタらと違うんだ!」

 

と、何の成果も出していないのに、ふざけた考えでいっぱいでした。

 

2社目がほぼ奇跡で正社員になれたにも関わらず、

  • 仕事に関心を持てなかった
  • 気付けばSNSしかさわっていなかった
  • 会社内で人間関係を作ろうと思わなかった

もう、はなから1年で辞めるつもり満々だったんです。

 

1社目と違い、2社目はいろんな優しい人がいて。

いろんな人が、色々教えてくれて、色々気にかけてくれました。

 

とくに社長さんは偉大な方で、常に社員を気にかけて活動する方でした。

 

なのに、それをすべて無視してしまったぼく。

 

「きみ、本当に大丈夫か?」

 

「このままじゃやっていけないよ?」

 

そうしたことを何度も言われたのに。

 

最低でした。

そのやさしさに一切気づかず、自分勝手に仕事をやってしまって。

結果、知らず知らずにじぶんの首を絞めてしまって。

 

そのツケは、辞表を出すときに現れました。

 

辞表を出した瞬間、じぶんの愚かさに気付いて苦しくなった

辞表を出そうと思ったのは、簡単なことでした。

ある日会社に行ったとき、

 

「もうあいつ、監視しないともうダメだ」

 

そうした話を、となりの机の人と、総務の人がしていました。

言うまでもなく、じぶんのことです。

 

「ああ、もうそんなところまで来てたのか」

 

じぶんのしてきた罪に気付かなかったぼくは、その程度の気持ちで諦めを感じ、辞表を作成。

そのまま翌日、上司に辞表を提出しました。

 

勤め先も部署も決まる前なのに。

大した結果も残すこと無く。

手元にあるのは、じぶんのブログと、仕事上のわずかな人脈だけ。

今思えば、なんでその状態で自信を持っていたのかすら分かりません。

 

そうしたとき、ふと上司が寂しげに言いました。

 

「おれも残念だけど、一番悲しむのは社長だろうな」、と。

 

それを言われて、はっとしたんです。

 

そもそも内定をくれた社長は、

「来たいなら大歓迎」と、

ぼくのスキルも状況も聞かずに雇ってくれました。

 

それを、身勝手な理由で裏切った。

泣かせてしまった。

 

その日以降、ショックになって、むなしい気持ちが抜けなくなりました。

 

いろんな人を裏切って。

自分勝手に生きて。

今じぶんに残されたのは何だろうと。

残ったのは、身勝手に生きたじぶんへの失念でした。

 

何がフリーランスだ。

何が自由だ。

じぶんが考えてきた会社以外での生き方は、

じぶんの都合通りに解釈するためじゃないか。

じぶんの目指そうとしてたのは、人を泣かせることじゃない。

 

嫌だ。

辞めたくない。

そう気づいた瞬間には、もう全てが手遅れになっていました。

 

これからどう生きるにもじぶんで責任を取るしかない

何だかんだで色々否定しまくったじぶん。

そのツケを払うのもじぶん。

言葉だけはさんざん言ったけど、そのツケを払う覚悟はあっただろうか?

 

そんな気持ちをじぶんに確かめながら、

この記事もバイトの最中に少しずつ書いています。

 

いろんな人を泣かせ。

裏切り。

それがじぶんの目指したかったゴールだろうか?

そんなことを思い、後悔するばかりです。

 

加えて、うらやましかったフリーランスも本当に大変で。

じぶんで稼がないと誰も稼いでくれないし。

信頼無くして誰も助けてくれる訳じゃない。

ましてや、信用も無いから家も借りられない。

 

分かってもいたし、そうする覚悟もあった。

そう思っていた。

でも、気付けばどうだろう?

全く受けられられないじぶんがいた。

 

会社の窓からそとを見て。

これがここから見る最後の風景かと感じて。

ひどく、後悔しました。

 

そうして初めて周囲の人の気持ちに泣きながら感謝し。

じぶんのことを「愚か」だと、泣くに泣くことになりました。

 

まとめ:この先どうなっても、1からやり直すと決めた

気付けば残されていたのは、こんなぼくでも信頼してくれる人たちと。

叱ってくれる人たちと。

心配してくれる人たちと。

そうした人たちとの思い出でした。

 

そうした人たち全員に、ぼくは生かされていたんだと。

初めて、一番大事な事実に気付きました。

 

これから先、ぼくに出来るのは。

 

これまでじぶんを生かしてくれた人たちに感謝し。

これから出会う人たちを想い。

その人たち全員に、全力で尽くすこと。

 

それが、ぼくに出来る最大のことです。

 

少なくとも今言えるのは。

今後どのような形になっても。

死ねないし、くたばれない。

 

涙を流してでも、想ってくれる人たち全員に尽くす。

そうやって1からやり直す。

その上で、ブログもキチンと更新していこうと思います。

 

今までぼくを応援してくれた人。

そして、これからも応援してくれる方々。

皆さんに、感謝を述べようと思います。

 

本当に、ありがとうございます。

 

ぼくもそうした想いに応えてこそ。

明日を生きる勇気を貰えています。

 

これからも、いつも通り。

2日に1度は更新し、テンションが高まり次第、毎日更新していきます。

 

今後とも宜しくお願いします。

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