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YouTubeを見るとき、コメント欄で配信者を評価するな

記事を書いた人:Dachimae あとで読む
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だちまえ(@dashchan8318)です。

実はYouTubeで動画を見るとき、

ぼくはコメント欄を見ないようにしています。

 

コメント欄とは、その動画を見た人たちが各々の評価を書き込む場。

あるときは荒れ、あるときは騒ぎ。

あるいは誉め言葉で埋め尽くされる。

 

そんなコメント欄でのやり取りは、

配信者と視聴者お互いに感動を与えることでしょうが。

そのコメントは、あくまで配信者宛てのメッセージであり。

コメント欄を安易に掲載してはいけないと思ったのです。

 

 例えば、

「頑張ってください!応援しています」

と言うコメントで、配信者が喜ぶ。

次の動画を作る勇気を貰う。

そんな単純だけど濃厚な応援が、

今のYouTubeの人気を生む一因にもなりました。

 

ぼくが思うコメント欄の意図はそこで、

「1対1なら送りにくい配信者へのコメントを、何人かで書き込むことで心理的に書き込みやすくした」ところに意味があると思っています。

 

いわゆる「他人がコメントするなら」と言う他人思考型の発想であるけれど。

1人、あるいは少数で頑張る動画配信者にとって、貰えるコメントは間違いなくうれしい。

(ぼくだって、SNSでのリツイートやコメントを頂けることは素直に嬉しいです)

 

しかし、「コメントがあるから人気そうなんだな」と言うメリットに見えそうなデメリット。

コメントの数や質だけでバックグラウンドを確認せずにファンになってしまう。 

ぼくは、その単純さがマズいと思ってます。

 

なぜかと言えば。

仮にファンがプレゼントだけを求めていたり。

仮に何となく凄そうだからとファンになってみたり。

プレゼントのための評価稼ぎや、何の考えもないコメントが全て、

「頑張ってください」

だった場合。

その応援コメントを視聴者が信じて良いものでしょうか?

 

図らずしも、同じ状況を作ってしまった例がヒカルさん。

正直、ぼくだって企画内容や動画そのものは好きでも。

  • プレゼント企画
  • お金の大量消費
  • 視聴者へ与えすぎ問題

これらはまずかったのではないかといまだに思います。

 

VALU騒動の一件以降、コメント欄を見ると、

「頑張ってください!」

で埋まっているにせよ。

 

色んなSNSなどで評価を見る限り、

  • "プレゼント(主にゲーム機器)を貰うまで"頑張ってほしい
  • "もしかしたらお金貰えそうだから"頑張ってほしい
  • ”見てればプレゼント貰えそうだから”頑張ってほしい

ヒカルさんのファンの4割くらいが、こんな人たちです。

その残りの人たちの多くも、「何かよくわからないけどみんな好きって言うから好き」状態。

(ぼくが見た限りなので、正確には分かりません)

 

もしそんな理由なきファンによるコメントが沢山あるのなら。

「この配信者スゴイ!」の意味合いが変わってきませんか?

という話。

 

確かにファンが増え、無意識に「スゴイ」と思ってくれる人が増えれば。

YouTube動画の最初に流れる広告が見られる回数が増えて。

SNSでだって拡散される勢いも増して。

収益もドンドン増えることでしょう。

ブログ界でも成功事例が沢山あります。

 

しかし、

「それ、本当に配信者が好きになったって言える?」

 

少なくともぼくなら、このブログだってそうですが。

「じぶんの意見や行動を人生の何かに反映してくれる人のために頑張りたい」

と思います。

 

それを盲目的にファンになり。

「この人のしていることは正解だ」とかってに信じ、

そのうちネットスラングで言うところの「信者」となって。

ぼくは、そんな盲目な人たちを増やすことはあまり好きになれません。

 

それはある種の宗教のようなので。

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