マエタビ-人生マジメにズル休み!-

20代なぼくの暇つぶしから笑いを作れるような記事を配信しています。

MENU

ぼくは生きることも働くことも大好きだ

記事を書いた人:まえ あとで読む
f:id:dashchan8318:20170911165243p:plain

 

f:id:dashchan8318:20170303191812j:plain
まえ

まえ(@dashchan8318)です。最近はバイトで楽しくやらせてもらっています

仕事って、人間関係が複雑になるし、

仕上げ方が中途半端だと居場所を失う。

それが当たり前なのだろうけど。

しかし、生死の考えにすら関わる「仕事」の捉え方が、果たしてやっていて楽しくなると言えるだろうか。

ぼくは、そんなこと無いと思う。

 

どの仕事を選ぶかは、ぼくらに選択権がある。

なら、仕事の簡単さを選ぶ権利はぼくらにもあるはずだ。

 

結局、難しい会社生活にはなじめなかったけど。

仕事の単純さを選ぶようになってから

ぼくは生きることは好きで、働くことも好きになった。

 

結局世の中「詰め込みすぎ」

してほしい仕事があって。

何すれば良いか分かって。

後は適切にそれが済めば。

本来、仕事ってそこで終わりなんだと思う。

だけど、今の世の中、仕事に完ぺきさを詰め込みすぎたのかもしれない。

 

ぼくの過去とそこから感じた「難しさ」

たとえば、ぼくは機械メーカーでこれまで生活してきたけど。

機械メーカーって、少しでも不具合が起きればすぐ怒られる。

求めた動き通りに動かないとすぐやり直させられて。

部品が壊れるようなら、すぐ手直しのために出張確定だ。

 

もちろん、お金出されたら、相応の対応をしないといけない。そこは当たり前。

でも、機械の故障なんて、人間にどうにかできたことではない。

なのに、機械も「完璧が当たり前」とされ、メーカーに求められる技術は毎年高まってばかりだ。

 

詰まるところ、世の中はどんどん難しくなっていく。

そしてその難しさは、人の手にはもう負えないところまで来ている。

 

 

世の中を便利にしようとしすぎた結果。

ぼくらは手に負えない負担を抱えたまま生きることになってしまった。

 

「生きること」だってそう。

「生きるため」には仕事が必要で。

「生きるため」には家が不可欠で。

「生きるため」にはお金を貰って。

そんなルールがかえってぼくらの首をしめることになって。

 

それで「人生生きていてよかった。楽しい」と。

そう言い切る自信が、ぼくには無かった。

 

答えは単純。仕事を単純にしよう

そんなわけで、ぼくはそんな「難しさ」をすべて捨てた。

代わりに、まだ仕事の分かりやすいサービス業でバイトをするようになった。

するとどうだろう。

確かにバイトの時間は長いし、確実なお金は保証されない。

でも仕事が分かりやすい分、生きることも仕事も楽しくなったのだ。

 

もともと体を動かしながら人に尽くすことがぼくなりの楽しみだったし。

働く時間も休む時間も、じぶんで決められるようになった。

後は、ブログを書く時間、その他企画を起こす時間を調整すればいいだけだ。

 

そうするだけで、仕事が簡単になるにつれ、人生も分かりやすく、楽しくなった。

 

まとめ

一応注意はしておくけれど。

人生ラクしようとすれば、どこかでしっぺ返しが来てしまう。

仕事でラクすることと、仕事を単純にすることは話がちがう。

 

単純にすると言うことは、人生をじぶんの手におえる範囲に整えると言うこと。

その中で、仕事を単純にするのは全然アリなのだ。

 

ぼくらは手に負えない仕事と向き合うために生まれてきたわけじゃない。

背負えない分は手放す。

手放した分の生き方をじぶんで考える。

それが一番の「ストレスフリー」なんだと思う。

 

そんな暇つぶし人生を歩んでいるぼくからでした。

※マエタビは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設置されたアフェリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。