マエタビ-人生マジメにズル休み!-

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暇って言う「苦痛」は自由とは違う

記事を書いた人:まえ あとで読む


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まえ

まえ(@dashchan8318)です。

自由って何が自由なのか、結局のところ難しい…!

 

自由って言うのが、暇なのか。それとも縛られない状態なのか。

ぼくの感覚で言うと、「ガッツリ寝て屁して暮らしたいけど、楽しみがない~」的な感じ。

 

自由に動けると言う感覚もあるはあるけど、自由は「やることがある人」の特権だったと、このごろ考えるようになった。

 

自由を目指して自由に縛られると本末転倒

本音のところ、ぼくは「自由」にこだわりすぎた。

「毎日○○してたい!」と、性欲にも似た自由への欲求承認は結局のところ、ネタがなければ誰だって満足できないって話だ。

それが仮にエロであれ、エロでなくても同じこと。

 

心の自由だけは絶対必要だと思うけど、時間の自由と精神的自由を削ってまで自由になるものではない。

 

例えば、会社辞めてバイトばっかりやったところで、バイトと家との生活の繰り返し。となると、好きなことをする時間が一切なくなる。

「生活のためなら何だって仕方ない」と思いながら、睡眠や食事を誰も我慢できないようなものだ。

 

欲求なり夢なり、これら「人生の楽しさ」は必要だから、せめて楽しさを楽しむ心の自由は欲しい。

でも、時間があったって何もすることないなら意味ないし、精神的自由も、やることがあって始めて満たされる代物。

「ネタがなければエロでもそうでなくても満足できない」とはこのことだ。

これじゃ賢者モードにすら至れない。

 

何が言いたいかって、目的もなく会社を辞めたり、ちゃらんぽらんで適当に生きてみても、それは「暇」であって「自由」ではないと言うことだ。

 

「暇」とは、時間があるのにやることもない状態。

「自由」とは、じぶんのやるべきことのために時間を有効活用できる状態。

「遅刻したら怒られる」って感覚と似ていて、ひとはすべきと感じたことには何も考えずに走れるものだ。

 

この言葉の違いは近いようで全然違う。

そして、この違いは本当に重要だ。

 

まぁ、ぼくだって相変わらずお金は好きだし、暇な時間も大好きだけど。

自由も結局、「好きなことをやれているから」自由と言って、やることもなく会社をやめるようじゃ、暇以外の何者でもない。

 

自由と暇、きちんと区別したいものである。

だからぼくもブログのタイトル通り、「暇潰し」がしたいのである。

 

やっと、サブタイトルの意味を言葉に出来た気がする(汗)

 

ではでは!

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