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小中学校が収容施設に見えてきた説。92%のいじめが消えても「行きたくない」

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まえ

まえ(@dashchan8318)です。

行きたくないのに行かせようとする教育も、いかがなものかと感じます。

 

つい先日、こんな記事を目にしました。

www.okinawatimes.co.jp

要約すると、沖縄が小中学校の不登校が最も多く、原因は遊びや無気力なのだそう。

でもって、「92%のいじめは解消してんのに、何でこんなに不登校が多いねん!」みたいな感じでしたが。

 

ぼくからしたら、行きたくないものは行きたくないんですよ。やっぱり。

子供にだって、友達付き合いや勉強、その他個人的な悩みだって多い。

そして、学校なんかに閉じ籠らずに、じぶんの思ったように生きてみたいとも思うでしょう。「思春期」とも言いますしね。

 

にも関わらず、必要だからとか、将来がどうこうとか。

大人の都合で通わせる学校って、なんだか収容施設のように見えてきちゃったんです。

 

学校は学びの場。「学びたい」と思う方向へ進ませたい

子供が大人になったとき、その専門性で将来活躍できるか否か。

それはやっぱり、本人が望んで頑張ったか頑張らなかったか次第のように思います。

 

なにせ、望んで頑張った人は、最短ルートで結果を出し始める。

好きでもないのに頑張らされた人は、なあなあで現状維持に走り始める。

結果、人生での結果の出し具合に差が生じてしまう。

「好きでもないことにも楽しみを見出せ」なんてガチ意味不明なオッサン論理を大人になってから多く聞きますが、そんなもん、本人が楽しめない以上は楽しめないんですよ。

 

なのに、学校のような「社会の縮図」で、理不尽な社会や、難しい人間関係の勉強、その他、じぶんを押し殺す方法を教えようとする。

なんだか、明るいイメージを持つ学校が、この頃収容施設のように見えてくるのはなぜでしょうって話。

校門が開いてるだけで、教育も管理方法も、収容所と学校、やってることは一緒です。

 

こういう状況を打破するためにも、ぼく個人的には、大学と同じ単位制度を、小学校の頃から導入しても良いんじゃないかなって思います。

必要な単位を取って、TOEICとかで高スコアを取ったらその分単位を免除してあげて。

んでもって、時間管理をじぶんたちにさせてあげる。行く行かないも本人たちの自由。

そのうえで、自主性作りを大人がサポートしてあげれば、すこしでも「これを勉強したい」と思ってもらえるんじゃないかなって。

 

「大人はこんなことも頑張ってこなす!」と、便所掃除を教えたり、5㎏や10㎏のマラソンを行わせるのって、もう時代遅れなんですよ。

もし子供に勉強への興味を持たせたくて、そのうえでじぶんたちが安心して老後を過ごしたいなら、「そもそも型にはめない」ことが重要なんです。

 

子供の内から色んな歩き方を教えて、本人たちがどう歩きたいかを選ばせてみる。

そのうえで、お金や人としての考え方を、大人がフォローする。(お金はバイトで稼ごうとか、じぶんで動けるようになるまではサラリーマンで頑張ってみたらとか)

これでいいんですよ。

 

返って「学校に行きなさい!」とか言って、「なんで?」って言われたとき。

「皆が行ってるからでしょ!何で行かないの?」って、都合の悪いことをほぐらかすようじゃ、子供の反抗心を強めるだけですから。

そう言う親に限って「学校に自主性を育てさせればいい」とかで、本当に子供の将来と関わろうとしないのですから、それこそ無責任と言うのです。

 

では!

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