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話のレパートリーのある人が好かれ、ない人が100万年経っても嫌われる理由

記事を書いた人:まえ あとで読む

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レパートリーのあるなしは意外と気にされないけれど、これほど人に好かれるポイントは無いように思うほどだ。

 

ぼく(@dashchan8318)が「レパートリーの豊富さ」について考え始めたのはこんな話を聞いてからである。

 

漫画を書くとき、頭の良いキャラクターを描くなら「頭の良い経歴」ではなく「頭が良いような振る舞いをさせる」ほうが重要だ。

(by以前見たツイートより)

 

頭が良い人はやはり好まれる。そして、その印象は実績や語り方から来るんだと、考えさせられたものである。

 

そして思った。

ここを変えようとしない以上、レパートリーの多い人は好まれ、少ない人は100万年経っても嫌われるんだろうと。

 

単純にレパートリーの多いほうが楽しい

ぼくの昔の上司には、こんな人が居た。

こんな感じで、いつでも同じ話を武勇伝のように語られるのは、さすがにうんざりした。

いくら世話を焼いてくれて、キャリアの相談に乗ってくれても、暇話をする相手には絶対に選びたくなかったほどだ。

 

いつまで経っても同じ話をするこの上司は話を聞いてもらいたいだけで、「世間を知らない田舎のオッサン」と大差なかったのである。

 

加えて、こういうレパートリーの少ないオッサンにはこんな特徴がある。

  • 話1つが30分以上と長い
  • 話のまとまりがない
  • 話の結論が見えない。意図がない

そう。時間を沢山消耗させるだけさせて、付き合わされる相手のことを一切考えない

仕事があるときでさえ10分以上まとまりのない話をされて、「つまらないのに上司だから付き合わないといけない」と思うのは、これ以上の無い苦だと初めて知った。

 

対して、レパートリーが豊富な人は、人生経験も話題も豊富。

かつ、「相手の立場に立って話ができる」人がほとんどなので、話が合わなくても、最低限テンポを合わせてくれるから楽しいし、話しやすい。

 

それに、話のレパートリーの多い人は、話題もキチンと切り替える。

 

ある日はじぶんの問題点を語ったり。

ある日は他人の成功談に触れたり。

ある日は第三者の考え方にまで触れてくれる。

 

だから人は、「この人物知りなんだ!」と印象を持ち、ファンになっていく。

 

ぼくはこの頃思うのだ。

人が捉える印象をキチンと考えることが、人を引き付ける基礎の基礎じゃないのかと。

 

レパートリーの多い人は、100万年生きたらその分の面白さを語って回るから面白くて。

レパートリーの少ない人は、100万年経っても似たような話しかしないから飽きてくる。

 

じぶんが話を聞く側に回ってどっちが面白いかは、漫才でも見る気になって考えてみれば、すぐに分かるはずだ。

 

だから、100万年たっても詰まんない人は詰まらないし。

100万年面白い人は、新しく語れる実績を語り続ける。

 

その全ては等しくして、「話を聞かれたい」と思うことだろうに。

なぜ、ここまで差が生まれてしまったのか。

 

単純に選んだ手段の差とは思うけれど、ぼくはオチの見える話を延々と語られるのは嫌だなって思い、今回の記事を書いた次第です。

 

では!

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